かたわ少女をリリースをしてから、自分でビジュアルノベル(以下VN)を作りたいという人達から、たくさんの質問をいただいた。「VN開発の秘訣を教えて下さい」とか「初心者クリエイターに対しての助言はないですか?」とか。なので、お答えしようと思う。私たちは、非常に沢山のVN開発に関するノウハウを積み重ねてきた。それに加えて、VN開発そのものの理論や考え方も沢山集まった。かたわ少女はとてもユニークなプロジェクトだった。そして私たちが学んだ多くの事は恐らくかたわ少女のようなプロジェクト、もしくは4LSでのみ活かせるものだった。それ以外に学んだ事はあまりに基本的なので、一々聞かれるたびに繰り返すほどの価値がない事だった。もちろん、この両極端の教訓の中には便利な知恵もあった。(失敗を繰り返さない為の知識がほとんどだが)。このプロジェクトを踏まえて他人様に教えられる教訓は大して多くない。何がチームの役に立って、何が役に立たなかったのかという逸話だけなので、そういう話をするつもりは毛頭ない。ただ私が思うに、もしも新たに大規模なビジュアルノベル開発に着手し、このプロジェクトで培った知識をちゃんと役立てることができれば、必ずかたわ少女のプロジェクトよりスムーズに、そしてきっと(願わくば!)より良い結果を出せるだろう。
ともかく、例を挙げるために、私たちのしたデザインと開発に関わる判断について説明しようと思う。すべてが終わった今ならきっと、これらの判断が良かったのか悪かったのか分かるだろう。
5人のライターと一つのゲーム
かたわ少女の全てのルートは基本的に、それぞれ別のライターがプロットと執筆を担当している。もちろん私たちお互いに助け合い、大いに協力し合ったが、これが基本的な体制だ。こうすることでいくつかのメリットが得られたが、全体的な整合性も少なからず犠牲になった。別々のライターにルートを担当させる事で、どのようなタイプのプレイヤーでもかたわ少女の少なくとも一部分を気に入ってくれる可能性が上がる。ロマンティックでメロドラマ風のリリールートを好む人もいれば、知的な琳のルートにどっぷりハマる人もいたりと、様々だ。もちろん、こうした多様性によって、プレイヤーがかたわ少女の一切合切を気に入らないという可能性も上がる。だが、それは間違ったことでは無い。この進行方法の最大の利点は、ライターが自分の担当しているルートに集中出来るということだ。主に一つのルートに集中できるようになったことで、間違いなく各ルートのストーリーのクオリティは向上した。そして各ライターの作業工程が他のライターチームの作業からより独立したものになった。
私が思うに、この方法はかたわ少女のようなプロジェクトには適していたと思う。だがしかし、これ以外の多くのストーリーに対しては、この作業方法は不可能に近いだろう。恐らく私たちがするべきだったことは、何を書くよりも前にまずシナリオを改善することだった。そうすれば、実際に出来たものより、ストーリー同士をもう少しだけ関連性のあるものに出来たかもしれない。Act 1では、私たち一人のライターが全てのシナリオを書き、他のライター全員がその全体的な枠組みに合うようにシーンを書いた。この進行方法はまずまずうまくいったし、結果としてAct1の範囲内では物語がより首尾一貫したものになった。。しかし、自分たちは完全版もこうしたコンセプトに従って作りたいと思うだろうか。そして究極的には、大勢のライターよりもたった一人のライターしかいないほうが常に優れているのだろうか。私には分からない。
二重、三重、四重の安全策
かたわ少女プロジェクトの最初の一年は苦労の連続だった。私たちはチームメンバーを失い続けた。特にアーティスト(絵師)を。そして十分な人数の安定したチームを獲得するには一見不可能に思えた。4LSが安定した後も、何かしらの要因でチームメンバーを失う危険性は常にあった。このプロジェクトに助力したい気持ちを除けば、このプロジェクトに誰かを縛る力など無かった。かたわ少女の様なプロジェクトの大多数が失敗するのは、辞めるメンバー続出するからだ。だから私たちはリスクを最小限に抑えたかった。
かたわ少女の原画を見れば分かるが、複数の人間によって描かれているのが簡単に見て取れる。アーティストはライターのように、1キャラに対して1人の体制を取ったが、キャラのルートや一枚絵を共同で行うこともあった。全てのルートで複数のアーティストが関わるので、絵柄が変わることで読者に違和感を与えてしまうこともある
作業効率を考えれば、一人のアーティストがデザインと線画を担当、もう一人がデジタルでペン入れを、残りの人たちはカラーリングを担当し、あとは一人が仕上げをする形が望ましい。この作業方法ならば、かたわ少女の原画作業はもっと一貫したものになっていた。では、なぜ私たちは私たちこのやり方で進めたのか?
なぜなら、私たちの作業方法はイラストに関しての失敗を予防してくれたからだ。もしメンバーからアーティストが抜けた場合でも、全てを一人で抱えていた場合に比べれば、より少ない労力で他のメンバーが残された作業を途中から引き継げるからだ。重要な仕事を一人の人間に任せる状況は大失態に繋がる。考えてみて欲しい、仮にたった一人のキャラクターデザイナー兼原画担当が二年後いきなりトラックに轢かれ、彼女の作業が半分しか終わっていなかったら? これは、ここまで作り上げてきたイラストをすべて捨て、初めからやり直すことを意味する。こんな事態は絶対に避けなくてはいけなかった。
私たちは同じような作業方法を他の作業過程でも行った。この考え方が4LSをとんでもなく長い開発時間と苦労の連続の中で存続させ、かたわ少女のリリースまで漕ぎ着けた大きな要因だった。私たちは常にプロジェクトを最優先し、ゲーム内容を2番目に考え、エゴは最後になるよう努力してきた。KSはいかなる意味でも完璧ではない。しかしゲームが全く完成しないことに比べれば、よほどましなことだ。2008年中頃からは、4LSはチームの誰かが脱退しても生き残れるようになっていた、もちろんその様な事が起きれば作業に支障が出る事になるが。これらの二つの点は、中身の一貫性のなさというKSの明らかな『素人っぽさ』がどこから来ているのかを表しているといえるかもしれない。その多くは、プロジェクトを必ず終わらせようとした私たちの努力と作業工程の効率化を図った際の産物だった。
現実味のあるものに
私たちはビジュアルノベルを作りたかったのだけど、どのようなビジュアルノベルに仕上げるかというアイディアも既にあった。私たちはアイディアを組み合わせ、長い議論や、ブレインストーミング(課題抽出)、出だしで失敗をする日々を通してプロジェクトを発展させた。私が思うに、目指したゴールは「控えめな恋愛話」と言える。
私たちは、KSが属するジャンルの感触を残す一方で、かたわ少女のストーリー、キャラクター同士の関係、物語におけるセックスの役割等々が、もっと自然で真摯なものに見えるようにしたかった。(たいていの場合、この手のジャンルのゲームはそれがない。)私たちは、これに関しては成功もし、また失敗もした。だが、結果的にかたわ少女の出来上がりに関しては誰も不満を持っていないと思う。プレセンテーション、イラスト、音楽についても、同じような考えのもとで作られている。
実力者主義ときまぐれな猫たち
4LSには確かにプロデューサーや、ヘッドライター、ディレクターのような肩書きがあったが、厳密な上下関係は無かった。誰も誰かの上司ではない、メンバーは皆自分の仕事に自分なりのルールを設け、問題などを自らの知恵と話し合いで(また、時には他の方法で)解決した。チーム内に強いリーダーシップが存在しなかった事は「プロジェクト内のトラブル防止」を考えてのことだった、加えて、そうした上下関係に必然的についてくる官僚的な形式主義抜きのほうが、気楽に作業ができた。しかし、ダメな部分もあった。チームの統制とメンバー同士の意思の疎通はプロジェクト全体を通して一番苦労した部分で、一向にマシにならなかった。私が思うにチーム内の報告の少なさと、締め切りを守らせる事を誰も強制しなかったのは、上記に挙げた問題のいい例だ。もしも私たちが新しく他のプロジェクトに着手する事になったら、この問題が私たちにとって一番改善しなければいけない部分だ、きっと作業方法も変えると思う。
5年間
かたわ少女の開発には時間がかかりすぎた。そのほとんどの時間は、意味の無い時間だった。大雑把に説明すると:私たちがメインメンバーを揃えるのに一年掛かり(4LSはプロジェクトが始動した半年後に設立され、そこから9ヶ月の間にSC、Nicol、Suriko、に加え、全ての絵師が参加した)、それから一年かけて作業方法と何をどうやってすればいいのかを検討し、そして実制作に3年間。そのうち1年くらいは、各メンバーの実生活の都合や、コンテンツの破棄と作り直しなどによって無駄になった時間だった。そのため、かたわ少女の様な作品を今のメンバーで構成された4LSが、何もかもうまく製作したら、きっと2年以内という短期間で行えるだろう。私も、これなら上出来だと思う。私たちは、試行錯誤を通して色々な事を学ばなければいけなかった。そして、かたわ少女の開発を趣味として、空いた時間に行うのは困難を極める時もあった。このプロジェクトには近道など無かったし、もっと早く完成させる事が出来たかもしれないが、完成までに時間を掛け過ぎた事については後悔はしていない。
というわけで、もしこうした決断をもう一度しなくてはいけないとしたら、また同じようにかたわ少女を制作するだろうか? 多くの場合では、恐らくそんなことはないだろう。だが制作の一部分については、まとまりの無く、ビジュアルノベル開発に関して全くの初心者の集団にしては、結構うまくやることができたと思いたい。
- Aura
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